変幻自在

とことんやりきる

忍者は下級武士や農民、時には自警団の一員でもありました。しかし、表の活動をするときには、僧侶や行商人等に姿を変え、大道芸までやってのける「七方出(しちほうで)」という変装の技を持っていました。それらは関所を通過しやすい職業だったのですが、例えば僧侶の時には線香の香りを身にまとってお経を唱え、商人になる時には、薬売りなら和薬の香りを、呉服屋になる時には着物の染料の香りを身に付けたそうです。そのうえ商品知識や立ち居振る舞いも身に付けていたというのですから、なんとハイスペックだったのでしょう!!

ここまでして変装した理由は、忍務の大本命、①優れた情報を得るために必要な場所やネットワークを多く確保するため、②どこにいても怪しまれずに自由に動くため、でした。ちなみに江戸時代は「僧侶が医者に変装して女遊びをした」、など川柳に詠まれていたそうなので、今の時代より変装へのハードルが低かったのかもしれません。

そのように忍務に徹する忍者には、様々な生きるための知識や智恵がありました。それは医学・天文学・火薬などの知識のみならず、「記憶術」から奇人変人的なマニアックなものまで(笑)。驚くことに、忍者が実践していた「記憶術」とほぼ同じ内容(方法)の論文が、時を経て2014年にノーベル生理学・医学賞を取っています。忍者はとことんまで突き詰める凝り性だったのかもしれませんね。

 

百地丹波という有名な伊賀忍者は、 「四方髪」といって、常に変装して1人で四役の別人を演じ、忍務とは関係なく、4つの家にそれぞれ違う人として住んでいたそうです。そうはいっても体はひとつですから、それぞれ、常時家にいなくても怪しまれない職業の人として住んでいたとか。
そして実際 百地丹波は、地元ではただの地侍と信じられていたそうです。彼は何を目的にそんな生き方をし、人生の最後の日にはどこの家に帰ったのか、そしてなぜその家を選んだのか、今となっては知る由もありませんが、個人的にはその理由が気になります。

様々な技を使って変幻自在に行動した忍者ですが、実はその変装術は怪しい「まやかし」ではなく、現実的かつ総合的な知識と地道な行動の具現化だったのです。人はそこまでやり切れば何にでもなれる、ということを過去の忍者が証明しているのです。そしてそれらを実現しようとする心の柔軟性と諦めない心も持っていたのですね。かの時代に「できる」と信じてやり続けたことには失敗もたくさんあったでしょうが、数々実現もしたことに、「凄み」と、そして「ロマン」があると思いませんか!?

忍者にとっては日常だったであろう変装ですが、現代に生きる私達は、非日常を感じるツールとして、変幻自在にプチ変身できるカツラや付け髭、付けぼくろでも使って、香りも変えてみましょうか。いつもとは違う景色が見えて、感じ方や考え方にも面白い発見があるかもしれません。